祥雲寺

上田市御所:長谷川 将行 住職
〔連載第96回〕

 上田市御所の「祥雲寺」は寛保二年(1742)に千曲川の大洪水で流失され文献を失ってしまったため開基などは不明だが、天正年間に清月和尚が開基したと伝えられる。
 寺の再建は大洪水から数年後、仮の庫裡兼本堂が建てられた。本格的な寺院建設が檀徒の永年の悲願であったが、平成五年、本堂と庫裡が全面改修された。
 また、同寺は「城下小学校」の前身である「亮功学校」として明治六年に開校、子供たちの教育の場としても使用された。

寺宝「龍の顎の玉(能作生珠)」
 同寺に寺宝として伝わる「龍の顎の玉(能作生珠=のうさおのたま)」は元禄年間に活躍した高僧・廣岸が雨乞い等のご祈祷の為に請来し、その顕現あらただったが、寛保の大満水で流出してしまった。『埴科の河原で夜な夜な光る所を見つけた村人が、驚いて掘り出すと桐箱がでてきた。そこには「祥雲寺」と記されていたため同寺に届けられた』という。
 記録には明和七年(1770)引き続く干ばつのため藩命により村役人を集め、郡奉行も参加して同寺で雨乞いの祈祷を行うなど諸行事がこの寺で持たれることが多かったという。
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