超誓寺

上田市神畑:板橋至教住職
〔連載第70回〕

 上田市神畑の超誓寺の起源は、室町幕府十二代将軍足利義晴公家臣だった浦和式部大輔道俊が神畑に籠居し、阿弥陀尊を彫刻し、これを安置して拝んでいた。道俊の死後、庵と尊像は風雨にさらされ、これを悲しんだ村人が永禄十一年(1568)に寺を建立し、来誉志幽上人を迎え、神畠山阿弥陀院超誓寺と改称し開山した。
 寛政四年(1792)、寺が全焼、天保十四年(1843)に本堂が再建され、平成七年に大改修、修理を行った。
 現在の板橋住職は第二十八世。平成七年に晋山武を盛大に行った。最近、立派な「超誓寺誌」が檀家らによって発刊された。

薬師堂(神畑自治会所有)

 本堂の脇に立つ薬師堂は天正元年(1573)薬師平から狐ヶ原へ移転、その後移転の末、享保十四年(1729)に同寺境内に移転建立。平成七年に落雷のため焼失したが同八年に再建した。現在、お堂の内部には中央に薬師如来像、左に阿弥陀堂から移した阿弥陀如来像、右に観世音像が座している。
 毎年秋には「お薬師祭」を行っている。
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