宗吽寺

上田市横町:桑沢 俊猛 住職
〔2014年2月28日掲載〕

 寺の伝えによると、はじめは上田城大手の堀際にあったが、中興開山慶英法印の時、現在の地に移したという。
 元和八年(一六二二)上田藩主として入部した仙石氏、後の松平氏の時代を通じて祈願所となった。松平氏の時代には参勤交代で出府の時、寺は命を受けて出立の吉日を決めたことが「海野町本陣日記」に書き残されている。このあたりはかつで常田庄の庄域であり、八条院御領であったがのちに南朝の後醍醐天皇に伝領される。


珍しい木像の紅玻瑠阿弥陀如来

 真言宗の阿弥陀如来である「紅玻瑠阿弥陀如来」は八葉の百蓮華の蓮肉上に五鈷杵を横たえ、その上に紅蓮華をのせ二重円の背光を背に座す。頭部は五智の宝冠をいただく結髪形で、腹前で阿弥陀の定印を結んでいる。肉身が赤であることから、紅顔梨または紅玻瑠(赤)阿弥陀如来と呼ばれている。仏画は多いが木彫は非常に珍しい。真言宗紅顔梨秘法の本尊であり、鎌倉時代以降に用いられた尊像で、阿弥陀仏を西方(赤色)にすることから、赤色に表現している。
 宗吽寺の尊像の背光月輪の周囲には、湧雲があるので、浄土教的性格も含んでいる。


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