良泉寺

上田市殿城:上野 寛堂 住職
〔2005年8月10日掲載〕

 上田市殿城の「良泉寺」は寺伝によると天正三年(一五七五年)矢沢薩摩守綱頼(真田幸隆の弟)が創立。同八年、桂昌寺五代の住僧玄廓大和尚を迎えて開山した。元和八年(一六二二年)矢沢氏は真田氏について松代へ移り、寛文九年、矢沢仙石氏が領主となり同寺を菩提所とした。
 矢沢仙石氏は上田城主・仙石忠政の子で、政俊の弟・政勝をその祖とする。寛文九年(一六六九年)、政俊が隠居する際に、その領地六万石余りの内二千石を政勝に分知することを願い出て許可されたのが仙石分知矢沢領のはじまりである。その領地は矢沢・下郷・赤坂・岩清水・漆戸・小田井・林之郷の内(約半分)の八カ村であった。領主の館としての陣屋は矢沢におかれたが、旗本である仙石氏は江戸に常駐し、知行所へ来ることはほとんどなく、代官をおいて支配した。大名であった本家の仙石氏は宝永三年(一七〇六年)出石により移封されたが、その分地の旗本仙石氏による矢沢領支配は明治にまでおよんだ。
 なお、今年四月十日、本堂改修と庫裏新築の落慶法要が行なわれた。

住職のことば

寺院は公界(くかい)の道場、仏祖を礼仰することを通じて広く檀信徒のために仏事法要を行い、正法を弘める教化の道場です。
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